2017/06/23
8月31日木曜日午後5時30分終了です。9月16日(土曜日)は休診です。午前8時45分以前、午後2時45分より前の時間帯は、クリニック内に入れませんのでご注意ください。受付終了時間30分前以降に来院された方は外出できません。学会などにより、急に受付終了時間が早まる場合がございます。ご注意ください。/6月23日:人生は紙飛行機/願い載せて飛んでいくよ/風の中を力の限り/ただ進むだけ/その距離を競うより/どう飛んだか/どこを飛んだのか……明日知らぬ わが身と思へ 暮れぬ間の 今日は人こそ かなしかりけれ 紀貫之//////3月29日 神様、仏様がいらっしゃるお蔭様と思うこともあるが、今回の雪山訓練中の雪崩による八名の方々が遭難され…。皆、日本の将来に光をさす有能な若人であった。親御様に神は何と伝えられるのだろうか。/明日知らぬ わが身と思へ 暮れぬ間の 今日は人こそ かなしかりけれ 紀貫之///2月11日上を向いて歩こう。采真之遊(さいしんのゆう)(真実を摘む遊び)が、楽しい。「米国ファースト」、「都民ファースト」と指導者たちは言う。一部の人々には心地良い言葉ではあるが。現時点では、我が国中枢の地域の女性首長に香しさを感じるが、米国のビジネスマン大統領には感じられない。彼の話す英語がわかりやすいが、英語の良く分かるインテリには見透かされるかもしれない。しかし、大統領選挙で見ていた頃よりは、現在の彼は良い顔になったかと思われる。選挙中は、仮面を被っていたのか、それとも今は見抜けないのか。時間が経てば恐らくわかるのだろう。3ヶ月先か、1年先か、10年先か、あるいは100年後か。いずれにしても、我々は急激な激動の時を生かされている。掌にある小さな画面は、数え切れない情報を伝えてくれるが、真実は1つ。自分の眼で、耳で確かめないと、自分にとっての意味はない、と思う。人生、嫌なことばかりかもしれないが、周りには豊かな自然もある。下や後ろばかり見ないで、左右(家族、友人)、前(未来)、上(花草木、空)を向いて歩こう///9月25日:我々は猛省をそして目利きを増やせ:パラリンピック競技は、テレビ・ラジオの視聴覚者にとり競技にのめり込むのは、オリンピックほどのものではないことが多い。しかし、その場に立てるまでの過程は、健常者のそれよりも更に胸が熱くなる。道下美里さんは、現在ほとんど視力がない。今回のパラリンピック盲人マラソンで銀メダルをとった。マラソンをはじめるまでの紆余曲折があり、今は伴走者が、一緒に走る人以外にも何人もいる。私もその一人だ(お分かりのように心の中で一緒に走っている)。陸上400mで辻沙絵選手が銅メダル。現在21歳で1年半前にハンドボールから転向しての快挙だ。瞬発力の高さを見込んで周囲から勧められ、障害者陸上に転向したという。目利きがいたのだろう。環境汚染、交通事故、戦争などにより、被ったパラリンピックの選手たちは、文明と言われる社会の産物と言わざるを得ない。我々の反省すべき汚点。我々医療者も、このような人々の後ろ盾になるよう、日々努力しなければならないだろう。我々は猛省し、今後の未来の子供達のためにも、あらゆる面での目利きが必要であると強く思う。道遠く 坂の上の雲 真田丸/8月20日:日本のために、日本の報道関係者も応援を:柔道100㌔超級の原沢久喜さん、レスリング男子57㌔級樋口黎さんは、金メダルだろう。フランスのテディ・リネールは、原沢さんが真っ向勝負を挑むも消極的、のらりくらり。また、ジョージアのキンチェガシビリは、樋口の手を掴んだままで封じ、技をかけさせないようにした。日本がそれをチャレンジ(疑義を申し立てる)しても、通らず、樋口さんは1ポイント差で金メダルを逃す。双方ともに、積極的勝負に出ない疑金メダリストに、指導をしない審判の質が問われる。記者は汚れ役になり、このような場合質問を浴びせるべきではないだろうか?「あなたは、将来の柔道(レスリング)のことを考えて試合をしましたか?」と。また、体操の内村選手に質問(あなたは審判に好かれているのでは?)した記者はどこの国の誰かも知りたい。素人の私が、個人感情なく見ても、総合的にベルニャエフさんより内村が上。むしろ平行棒のベルニャエフの16.100は高得点過ぎないか?節穴の記者なのか?そのあとの種目別個人決勝を見据えての策略か?種目別床は、明らかに内村選手は、少なくとも銅メダルは取れたろう。あの記者の暴言がなければ!審判もあの発言で、内村と白井の得点は辛くなる。報道の皆さん、東京オリンピックでは、審判を、他の国の記者を、口撃してください。内村選手に対する酷い質問ほど、ひどくなくとも良いので。怒れる黄昏ビギンより/8月19日:敗戦は 後の人生 難逃れ 負けには必ず理由がある。吉田沙保里選手が4連覇を逃した。眼に精気が感じられなかった。戦いの前に眠れない日が続いたという。テレビで、オリンピック前の、同選手のための壮行会が開かれ、柔道吉田、プロレス前田元選手に肩車された姿があった。本当の友なら、戦いの前にこのようなことを催すだろうか?呆れて物も言えない(言っているが)(特に吉田沙保里選手は周りに必要以上に気を使うのだ)。敗戦の理由は、必ず1つではない。関ヶ原(三成)のように、日露戦争(ロシア)のように、そして太平洋戦争(日本)のように。周りの輩は反省すべきであろう。友達気取りはやめてほしい。沙保里様、お父様(栄勝さん)は怒ってなんかいない。これからの良い人生のための落とし穴を作ってくれたのですよ。あなたを護りますよ、このあともずっと、壮行会に出なかった我々が栄勝さんと一緒に/8月15日名選手に名伯楽あり2:ロンドン五輪でもそうだったが、金色の勲章(しるし)を得るは、そう容易くない。平泳ぎの金藤理絵さんには、加藤コーチ、萩野公介さんには平井コーチ。金藤さんも萩野さんも、金メダル後インタビューの開口一番、お二人のコーチへの思いを口にした。それに反して残念なのは、卓球女子、サッカー、柔道(全てではない)のコーチ。僅差で負けるのは、監督、コーチの責任と思う。(中略)東京五輪へは、名伯楽をたくさん、目利きに選んで欲しい。師の器 岡目八目 よく分かり/8月11日:リオ五輪の聖火最終走者は、バンデルレイ・デリマさん。アテネ五輪で、沿道から飛び出した男性に抱きつかれて妨害されても3位でマラソンを終えた。色々な意味で粋な計らいだと思う。貧困で喘いでいる人々が多い中、犯罪の多発する中、テロも心配な中、五輪をブラジルで行って良いのだろうか?と私も思っていた。でも、それだからこそ、ここで行うという意味もあると教えてくれた。我々日本にも深い闇があるではないか。みな、希望(のぞみ)を胸に抱きたい。感動を分かち合いたい。それはどこの国のヒトも同じ。日本でも 粋な言葉を 計らいを/7月:高校時代、新宿紀伊國屋書店でその方のサイン会があり、どういうわけか小生ひとり(おさななじみも連れずに)でその列に並びサインをいただく。黒い花びらも分からない青二才にも優しく声をかけてくれた。永六輔さんが遠くの見上げる星へ行ってしまった。信条の多少の違いはあれど、いつまでも我々の上を向いた先にいてほしい方の一人だった。永さんはいう「生きているということは/誰かに借りを作るということ/生きていくということは/その借りを返してゆくこと」と。作詞をある理由で止めてしまった永さんも、天国で八大さんに「こんにちは永ちゃんですと」浅田飴を舐め、いい湯につかりながら歌を作られておられるだろう。前向いて/左右上向き/歩こうぜ(若者達へ黄昏ビギナー夢で逢いましょうより)/2月:どれだけ彼に野球を楽しませてもらえたろう。清原氏が逮捕された。本人が一番悪いが、周りも悪い。売るもの、それを見て見ぬふりしたもの。注意しそれを止めさせる真の友はいなかったのか?長嶋、王、松井が特に好きだが、清原も好きだ。社会と同じで、野球界も同じような選手ばかりだとつまらない。これからは彼に喜びを与えられた分、われわれが恩返ししなくてはいけないと思う。きっと彼ならできる。かっ飛ばせ―きよはらー/1月24日:もうすぐ32歳、相撲の世界ではかなり遅咲き、これまでの雌伏の時が今日の雄飛を育てたのだろう。大関の琴奨菊が初優勝を果たした。日本出身力士の優勝は、2006年初場所の大関栃東以来で、ちょうど10年ぶりという。モンゴルは我々日本人の故郷でもある(遺伝子的にも)。モンゴル出身の横綱、力士が優勝するのは、祖先を敬う身としては、残念な思いは全くなくむしろ心地よい。しかし今、日本人に忘れがちな美徳をもつ競技(武道?)での日本出身の力士の最高賞は格別だ。サッカーなど西洋発祥の競技で、勝利のガッツポーズも良いが、喜びをかみしめ、おしころし、敗者への配慮も携えた日本古来のスポーツも大好きだ。自身が年齢を重ねたせいかもしれない。精神科医で作詞家のきたやまおさむ先生によると「本音と建前、公と私を使い分ける二重人格的な日本人にとって、主語が明確な一重言葉である英語を喋れないのは、当然である」という。西洋人の一部からは良く思われないかもしれないが、この日本人的考え方が争いを少なくするかも知れないと小生は思う。柳川の きくは喜び 冬菫
2015/08/30
「無いものを恨むより、あるものに感謝」プロゴルファーを目指す小山田雅人氏。同氏は、2歳の時に右腕を切断。さらに38歳の時に脳腫瘍を患い、今も命の危機を感じ続けている。それでも左手一本での飛距離はプロ顔負けの270ヤードを誇る。4歳の娘さんに「健常者のプレーヤーに負けなかったという姿を記憶に焼き付けておいてほしい」と、厳しい練習に取り組んでいる(NHKアスリート魂より)。あるものに感謝しようと。しかしそばにいてほしいと思う人(到底会えない人でも)居なくなるのは遣る瀬無い。「出ずるときは人に任せ、退くときは自ら決せよ」(阿川弘之)合掌。
2015/01/18
人は、死ぬ。そのことによって土が肥え、草木がよろこび、つややかになった葉や、みのって赤く熟した実を鳥やケモノがたべる。同時に、生きた人も養われる。司馬遼太郎 風塵抄より/散る桜 残る桜も散る桜 良寛/”袖ふれあうも他生の縁” ”情(なさけ)は他人(ひと)のためならず”というのは、日本思想の上では非常に重たかったことばなのである。風塵抄より/ 一集団を束ねるには宗教が役に立つかもしれない。しかし、宗派が違うと今世界で起きている様々な良くないことの根にもなりうる。我々日本の根幹にある上記のような考えが世界中の人々に行き渡る夢をみた。正夢に なること夢み 冬菫
2014/10/04
花神(中国のことばで、花咲爺(はなさかじじい)を意味する)をやっとのことで読み上げた(司馬遼太郎著)。小生の如き無知のものは、明治維新前後での人の中では、西郷どん(せいごどん)が一番かと思っていたし、憧れていた。しかし、よく考えると現代社会では、西郷さんのような大きな人物は出てこないだろうし、時代も必要としていない。西郷さんも今、目の前に出てきたら、野暮に見え憧れないかも。神・仏様は、その時代に合った(必要とする)人物を世に送り出す。明治の時代、西郷、大久保、勝、龍馬をはじめ多くの人々が生まれ、後世のために身を粉にした。その中でも、現世にあまり知られていない大村益次郎(村田蔵六)がいたから、真の維新の成就がなされた。蔵六は、まさに維新時代の花咲爺であった。と司馬先生は述べておられる(と思う)。小生は、自身の子供に対してさえ花神になれずにいるが、他人に対しても、一時でも花神になれるよう努力を怠らない。/ …蔵六のことを憶(おも)いだす者は一人もいなかった。仕事をする男の一生というものは、ほぼそういうものであり、蔵六はあるいはそういう煙のような存在の典型であるかもしれない。(花神あとがきより)
2014/06/22
日本代表は残念な結果だが、必然だとも思う。地の利がない(日本の得意なショートパスを正確につなぐのに雨が邪魔を)、人の和が乱れ(4年間で気のあったメンバーでない)、天の時でない(以下参照)/NHKスペシャル“オシムの国”のW杯を観た。イビチャ・オシム氏は、ユーゴスラビア(現・ボスニア・ヘルツェゴビナ)のサラエヴォ出身のサッカー選手、指導者。元サッカー日本代表監督で、脳梗塞で倒れる。2011年、民族別に3つに分かれているボスニア・ヘルツェゴビナのサッカー協会が統合を拒否したためにFIFA、UEFAから資格を停止され、その解決のために設置された「正常化委員会」の委員長に就任。その手腕などから、予選を勝ち抜いて、今回のW杯に、ボスニアとして初出場。内戦で殺しあった民族が1つのチームに集結、現時点で2敗、予選突破はないが、民族の統合に向かう架け橋になった。/小生は、ブラジルのほとんどの人々が、W杯の自国開催を望んでいると思っていた。ニュースによると40%以上の国民は、そのためのお金を教育や福祉、医療に向けて欲しいとのことなどでデモが多発しているという。ブラジルは優勝しないと。/なんと我々日本は、恵まれているのか。戦争もなく、ある程度の教育、福祉、医療が隅々まで受けられ。数え切れない方々の犠牲の上にこの平和な日本があると思う。これらの国々に比べれば、ハングリーさも、必死さも感じられなくて当たり前かもしれないとも思う。理想論主義と言われるかもしれないが、「同志よ。サッカーで戦い、戦争はやめよう。」「日本代表よ、桶狭間の戦いは1回しか有効でない」
2014/02/16
燕雀安くんぞ鴻鵠の志を知らんや 史記/つばめや雀のような小さな鳥にどうしてオオトリやクグイのような大きな志が分かるだろうか(小人物には、大人物の大きな志は分からない)。/首相の真意はわかる。しかし今の時代、納得のいくような(10歳くらいの子供でも)説明をしないと一部の国民はついていかない。/そつ啄(そったく)(雛がかえろうとするとき、雛が内からつつくのを「そつ」、母鳥が外からつつくのを「啄」という)が必要なので、つくづく政治は大変だとも思う。我が子の教育にもしかり。本当に難しい。/日本嚥下(えんげ)学会という学会があり、その学術講演会に参加した(嚥下とは飲み込むということ)。そこで、生きていくには、やはり食べるということが大事だということを再確認した。嚥下の嚥は、口へんに燕(つばめ)、英語で飲み込むは、swallow、燕もswallow。洋の東西を問わず、つばめが、“飲み込む(生きる)”シンボル。/燕は、複数の地方公共団体、日本救急救命士協会、JRバスのシンボルマークにも使われている。米国では、燕はBarn(納屋)swallowともいい、希望・勤勉などの象徴でもある。こちらも、共に愛おしい存在である。ツバメは小さな鳥ではあるが、いつかは鴻鵠となろう(今回のソチ男子フィギアのように)。鴻鵠は、燕雀のため、燕雀は鴻鵠のために生きよう。
2013/12/28
義を見て為さざるは、勇なきなり(なすべきことをしないのは卑怯だ)孔子/首相の靖国神社参拝が新聞などのニュースで取り上げられている。中国、韓国などへの配慮は確かに大事だが、大新聞が首相を擁護しないのはいただけない。“…中国、韓国の人々の気持ちを傷つける気持ちは全くありません。…”“…。そして同時に、靖国神社の境内にあります鎮霊社にもお参りしてまいりました。鎮霊社は、靖国神社に祀られていないすべての戦場に倒れた人々、日本人だけではなくて、諸外国の人も含めて、すべての戦場で倒れた人々の慰霊のためのお社であります。…” 首相はしっかりきちんと誠意を持って説明しているではないか。我が尊敬する朋友よ、もし靖国を参拝しなければ、対話をすすめるのか?あなたは罪深き自分の先祖はお参りしないのか?チベットは?アメリカ先住民(インディアン)は?匈奴は?私の周りには尊敬すべきかけがえのない韓国人、中国人の方々がいる。敢えて言おう、「我々は、忠恕のみ」。/毎年のことだが、来年は皆様にとり良い年でありますように。/決断するのを控えて、どっちつかずの中立の立場をとり続けることは、マイナスの結果しか生まない」君主論マキャベリ
2013/09/16
ちはやぶる神代(かみよ)も聞かず龍田川 から紅(くれない)にみずくくるとは 在原業平朝臣/ 酷い台風が列島を襲った。龍田川も大丈夫か。自然は我々に怒っているのではないかと思う。もっと地球に謙虚になり畏敬の念を抱かなくてはいけないとも思う。/2020年東京にオリンピックが決まった。勝因は種々あると思うが、素晴らしいスピーチもその一つと考える。人選も良く、裏方さんのセンスが光る。勝負は勝つべくして勝ち、負けるべくして負ける。これはスポーツも政治もすべて同じ。用意周到な準備と努力は、大変なものであったろう。老若男女とも少なからず、気分は高揚し良い結果をもたらすであろう。しかし、光の後ろには必ず陰がある。多人数の移動と施設建設の伴う環境破壊が懸念される。今後の日本の役割は、今そうであるように、環境にやさしいもの作りを世界に広めていくことであろう。自然からのしっぺ返しを受けないように。龍田川の紅葉を愛でることができるように。「千早振る」の落語も観れるように。
2013/05/02
象潟や雨に西施が合歓(ねぶ)の花 松尾芭蕉 司馬遼太郎氏が芭蕉の句の中でも、特に賞賛する句です。氏の一講演で述べられた「見る」ということは、如何に難しいかをも伝えているかと思います。見た不幸と見れなかった幸せ。人間、あっけらかんと生きたほうが幸せかと思います。一昔前は、あまり日の当たらなかった心療内科、精神科が脚光を浴びています。十分に患者さんを受容できない我々他の科の医師にも責任があるかと思います。しかしそれだけ、今、皆、精神的に疲れているかと思います。以前は、仏教が日本の疲れた精神を癒していたと思います。薬に頼らない(これは他の科にも言えることですが)忠恕(ちゅうじょ)を宗とする、良き(いかがわしい新興宗教でない)宗教。日本にはやはり風土に基づく仏教各宗派に頑張ってもらいたい。心の病を医師の私が言うのもおかしいが、西洋的な合成された薬で治療して欲しくない。一切唯心造(いっさいゆいしんぞう):清も濁もすべては心がつくりだすもの 禅の言葉
2013/03/31
どんなふうに生きても結末は同じ 明るく元気にやることだ 伊集院 静 まだまだ寒い日が時々ありますが、さくらも桜色の花を咲かせ、みなさまの心を少しでも明るくしていると思われます。日本では、新生活が始まる4月。新しい学校、学級、そして職場。現代では、夢をみることは少ないかもしれないけれど、少なからず気分は高揚している方が多いと思います。残念ながら、希望の学校や職場に入れなかった人も、元気にいきましょう。崇拝する伊集院先生の仰るように、「ともかく人間は考え方ひとつでどうにでもなる生きものである。悪いように考えればどこまでも悪いふうにしかみることができないから、どんなふうに生きても結末は皆同じなのだから、明るく元気にやることだ」。小生も、これからの未来を担う若者たちにエールを送りたい「思いっきり、生きよう」。そして、お母さん、心は折れないから。伊集院 静
2013/01/16
我以外皆我師 宮本武蔵 多くの先生に助けられ、支えられ今の自分があると思う。有り難いと思う。昨年末、大好きな松井秀喜選手が引退した。海外でその報を聴きさみしい思いがした。その会見で、「20年間で一番思い浮かぶシーンは?」の問いに「やはり長嶋監督と二人で素振りをした時間ですかね」と答えたという。涙が頬を伝わった。野球の頂点を極めた(このときは、松井が極めるため)ふたりならではのこの時間があったことは知っていた。この時間が“最も”というのは、誠に羨ましく素晴らしいことと感じた。今、学校での体罰が問題となっている。我々大人は、常にこれからの子どもたちのために、松井選手と長嶋監督のような師弟関係を育む環境を整える努力をしなければならないと思う。人をそしりては、我が身の失を かえりみる、これ人を鏡とする心なり 無住禅師
2012/10/31
「はじめることさえ忘れなければ、ヒトはいつまでも若い」M.ブーバー 我々医師間の誇りでもある日野原重明先生の運命を変えた赤軍派による「よど号ハイジャック事件」(1970年)。先生は、その機内にあり、助かり、この言葉を事件後読んだという。御歳、101歳、誠に、頭が下がる。「ゆるされた第二の人生が多少なりとも自分以外のことのために捧げられれば」との思いで、58歳から今日までの道のりを歩んでこられた。先生に一歩でも近づきたいと思う。石原慎太郎氏が、国政に復帰されるようで、「80歳で大丈夫?」などとの声もかかる。日野原先生まで、まだ20年もある。眼力、言葉力を備えておられ、立ち居振る舞いは、魅力的でもある。誰がやっても同じだと言わないで、任せてみても良いのでは(民主党にも任せてみたのだから)。どの分野でも、どの年齢でも、任せられるヒトがいるとも思う(反対も然り)。鞠躬尽力(きつきゅうじんりょく)、死して後已(や)まん 三国志
2012/09/17
四海の内、皆兄弟なり 孔子 中国がおかしい。孔子の教えは13億の民すべてには届かないのか。多くの中国人は、良き華僑の方々のように、他国の人たちと協調し平和にしかも逞しく生きておられる。今回ニュースで視た中国人は、その方々とは別国人のように恥もないように暴動(視る限り盗賊や強盗)をしている。中国政府の陰謀や裏の力が働いているとも言われている。狙われた中国在住日本企業の方々には誠にお気の毒としか言いようがない。桓たい(かんたい)という司馬牛の兄が、孔子様の命を奪おうとした時、孔子様は弟子たちに、私のことはどうすることもできないはずだ(天の意思が働いている)と仰られたという。一人でも命を張る政治家や企業家はおられないのだろうか?未熟者の小生は、腸が煮えくりまくっている。しかし、司馬遼太郎氏はいう「日本は常人の国である。それが、私どもの誇りでもある。常人の国は、つねづね非・常人の思想とどうつきあうかを、愛としたたかさをもって考えておかねばならない。でなければかえって“世界などどうでもいい”という非・常人の考え方におち入りかねない。常人には、どんな非・常人よりも、勇気と英知が要るのである。」風塵抄より
2012/08/01
名選手に名伯楽あり 今回ロンドンオリンピック体操男子団体は惜しい結果。あん馬など器械が日本人に合わないようだ。精密な機器・器械を製造する日本にあってはおそらく考えられない細かな器具の不具合があるのかと思われる。その器械に慣れ親しんだ内村選手などは、鉄棒での思わぬ落下などミス(これは精密機械に慣れ親しんだ人にしか分からない、鉄棒を作った人のミスだと変わり者の小生は思う)で残念な結果。中国は、そのことが分かってか、無難な試技を重ねたという。このことを予選の段階で察知し、選手に指示を出せるようなコーチはいないのかと思う。北島選手も、平井コーチのもとを離れて予想外(?)の結果。反対に平井コーチに師事を仰いだ寺川選手は、見事銅メダル。今後結果は分からないが、引き分け狙いの指示を出したサッカー日本女子佐々木監督は、選手移動の負担を考えての素晴らしい判断。メダルは、特に金色のものは、一人ではとれないとも思う。白楽に名伯楽ありと思われたし海月かな
2012/06/02
松井が打った。カズが決めた。二人とも大好きな選手。特に松井は特別な存在。その一挙手一投足が心を打つ。大リーグは素晴らしい世界ではある。一流と言われる選手たちが見事なプレーを魅せてくれる。しかし、多くのその選手たちは、神聖なグランドに臆面もなく、唾を吐く。緊張を和らげるためかとも思われるが、いただけない。あるテレビ番組(おそらくNHK)で、松井の熱烈なファンがアメリカ現地人にもいるという。特に子供。松井は、私が視る限り、試合中唾を吐いたり、異常なエキサイトシーンを見たことがない。察知力の鋭い子どもはそれが分かるのかもしれない。一時、大リーガーであった桑田氏が、最近テレビで、野球が一番素晴らしいのは、「日本」と仰った。私も同感(フィールドオブドリームスの時代は、アメリカが一番かもしれないが)。日本はベースボールを輸入し、見事に、“野球”に進化させた(と思う)。サッカーも英国で生まれたが、日本はそれを進化させ、ザックジャパンは、チーム力という見事な華を近々咲かせるに違いない。また、二人ともいつまでもその“みち”に携って居続けてほしいと願う。君(きみ)死にたもうことなかれ与謝野晶子
2012/03/11
近藤紘一君、生死というのは仮の姿でしかありません。私は、死が、私どもと君を隔てたとは思っていません。君は永遠という極まりのない世界に入って、私ども卑小なる地上の者どもの周りに、満ち満ちています。ただ一つの不満は、君にもう会えないということです。君は、われわれのまわりに遍く存在していながら、私どもは、類まれな精神をもった君を、もはや、五感で感ずることができないのです。―中略―君の精神とその仕事、さらに君の一顰一笑(いっぴんいっしょう)から片言隻句まで憶えつづけてゆくことが、私ども、君によって友人の仲間に入れて貰った者の、大きな財産だと思います。近藤紘一君 ありがとう 無限の感謝をこめつつ 司馬遼太郎氏から近藤紘一氏への弔辞より 3月11日は、多くの方の思い出すこともつらい日であろう。しかしすべての人は死を免れられません。先に逝ってしまった者のためにも精一杯明るく頑張りましょう。
2012/02/22
武士道は、日本の標章(しるし)である桜の花にまさるとも劣らない、わが国土に根ざした花である。―略―その象徴とする花のように、四方からの風に散った後もなお、人生を豊かにするその香りで人類を祝福するだろう。新渡戸稲造著「武士道」より
戦後は、軍国主義の反省などの影響で、武士道精神はあまり尊ばれなかったかもしれない。しかし、振り込め詐欺や、ネットでの詐欺を悪いことだと思わない恥知らずが横行する世の中、もう少し見直されるべきかと思う。上に立つものが、もう少し武士道=高貴な身分に伴う義務(ノブレス・オブリージュ)精神を身につけていたら、一般市民も多くが見習うだろう。前の二人より、まだましな今の総理も、勝海舟を見習ってほしい「後世の歴史が、狂といはうが、賊といはうが、そんな事は構うものか、要するに、処世の秘訣は誠の一字だ」勝海舟
2011/11/18
品格とは識見と行動力のバランスである。福沢諭吉
2011/07/27
私ね 死にたいって/思ったことが/何度もあったの/でも 詩を作り始めて/多くの人に励まされ/今はもう/泣きごとは言わない/九十八歳でも/恋はするのよ/夢だってみるの/雲にだって乗りたいわ 柴田トヨ 秘密より 皆様 良い夢みましょう
2011/03/20
なにか、励ませ、という。そんな電話が、「神戸っ子」/の大谷さんからかかってきたとき、その声に、雄々しい思いがした。-中略- 家族をなくしたり、家をうしなったり、途方にくれる状態でありながら、ひとびとは平常の表情をうしなわず、たがいにたすけあい、わずかな救援に、救援者が恥じ入るほどに感謝する人も多かった。/神戸に、自立した市民を感じた。世界の他の都市なら、パニックにおちいっても当然なのに、神戸の市民はそうではなかった。/無用に行政を罵る人も、まれだった。行政という“他者”の立場が、市民にはよくわかっていて、むりもないと考える容量が、焼けあとのなかのひとびとにあるという証拠だった。/扇動する人も、登場しなかった。たとえそんな人がいても成熟した市民を感じさせるここの人達は、乗らなかったろう。/えらいものだった。/この精神は、市民個々が自分のくらしを回復してゆくことにも、きっと役立つにちがいない。/神戸。/あの美しくて、歩いているだけで気分のよかった神戸が、こんどはいっそう美しく回復する上で、この精神は基本財産として役立つに相違ない。/神戸。/と、私はつぶやきつづけている。/やさしい心根の上に立った美しい神戸が、世界にたった一つの神戸が、きっとこの灰塵の中からうまれてくる。1995年、世界にただ一つの神戸 司馬遼太郎 (司馬さんが、ご存命であれば、いま、東北地域の方々にも同じエールをおくられたであろう。この“神戸”は、日本全国津々浦々にあるとも思う。)
2011/03/16
人間は、助け合って生きているのである。/私は、人という文字を見るとき、しばしば感動する。ななめの画(かく)がたがいに支え合って、構成されているのである。中略/このため、助け合う、ということが、人間にとって、大きな道徳になっている。/助け合うという気持ちや行動のもともとは、いたわりという感情である。/他人の痛みを感じることと言ってもいい。/ やさしさと言いかえてもいい。/「いたわり」/「他人の痛みを感じること」/「やさしさ」/中略/君たち。君たちはつねに晴れあがった空のように、たかだかとした心を持たねばならない。/同時に、ずっしりとたくましい足どりで、大地をふみしめつつ歩かねばならない。/私は、君たちの心の中の最も美しいものを見つづけながら、以上のことを書いた。/書き終わって、君たちの未来が、真夏の太陽のようにかがやいているように感じた。二十一世紀に生きる君たちへ 司馬遼太郎
2011/03/16
ものごとてぇものは、嬉しい前には決まって悲しいことがあるんです 古今亭志ん生
2011/02/06
天の時は地の利に如(し)かず、地の利は人の和に如かず 孟子 日本代表が人の和で勝利を得た。ザッケローニ監督は、これが始まりと頼もしい。最終的にゴールを決めたのは、李忠成(り・ただなり)選手。見事な絵に書いたようなボレー、天の時を得た。10年前の1月26日、東京・新大久保駅で、カメラマンの関根史郎さんと韓国人留学生・李秀賢(い・すひょん)さんとが、線路に落ちた男性を助けようとして誠に尊い命を失った。己を無にし、他者に尽くす。どんな仕事でも基本であると思う。でもなかなかできるものではない。日本代表もこれができていたから、今回は勝てた。今後も続けてほしい。忠成さんは、秀賢さんの分もさらに頑張っていただきたいとも思う。
2011/01/10
私のお父さんは警察官です。いつも明るくてみんなを笑わせる、子供に優しい人です。―中略―私が初めてテニスの試合で入賞し、表彰式の写真をとってもらおうとした時も「よび出し」があり、せっかくの表彰式を見ないまま警察署に行きました。初めての表彰式は、なんだかいやな一日になってしまいました。行方不明になった人を探すためによび出されたそうで、仕事から帰ったお父さんに「なんで仕事に行ったん?」と聞くと、「助けを待っとる人がおるやろ」「その人達にも大事な家族がおるやろ」とだけいいました。―中略―私のおとうさんはよく泣きます。この前も大阪の子ども二人が、ご飯を食べさせてもらえず暑い中でよりそって死んでいたのが発見される事けんがあり、その新聞を読んでいたお父さんが泣いていました。「暑かったやろな。助けてあげれんかったんかな」「なんのためにこの世に生まれてきたんやろ」と言って泣いていたのを見つけました。-中略―私から見て警察官という仕事はかっこいいものではありません。実さいに私達家族も、これまで何回予定がくるったかわかりません。そのたびにお父さんとお母さんはけんかをし、私たち三人の子どもも嫌な気分なりました。でもお父さんのように事けんや事こを見て他人のために泣いている警察官がいるということ、私たちが安心して生活できるのは、全国にいるお父さんのような泣き虫の警察官が守ってくれているんだと思います。―以下略― 第19回全国小学生作文コンクール 高学年の部 内閣総理大臣賞 小村清香(こむらさやか)さん お父さんは泣き虫から 小生も読みながら涙が止まらなかった。自身を省みて自分の子どもにこれだけ思われているか?菅総理は、この作文を本当にお読みになられたのか?インターネット番組にでて、今の気持ちを吐露されるのは、引退してからではないのか?総理大臣失格であると思う。